経歴
1955年11月26日宮城県仙台市生まれ。55歳。都立新宿高校・定時制中退。中学在学時の政治活動の自由をめぐり「内申書裁判」の原告として16年間たたかう。1980年代から教育ジャーナリストとして活躍し、「元気印」の造語を生むなど中高生から大きな支持を得る。
1985年に成城学園前に若者と子ども問題をテーマに事務所「青生舎」を移転。地域の教育問題・子ども問題の横断的なネットワークづくりに取り組む。1996年に学校、塾、PTA、若者グループなど幅広く区民を結集した「こどもいのちのネットワーク」(代表牟田悌三・事務局長保坂展人)を結成。発足イベントは用賀中学に500人を超える父母が集まり熱心に議論。これが、地域での子どもを支えるセーフティーネットとなり、『チャイルドライン』に発展した。
1996年に衆議院議員初当選。2000年に再選するも03年に惜敗。05年衆議院選挙・東京比例区で当選。2009年8月の衆議院選挙で議席を失うまで3期を務める。この間、世田谷区経堂駅前を拠点に1998年から東京6区の地域活動を開始。毎週土曜日には三軒茶屋キャロットタワー前で「国政報告」を10年間続けた。2008年の福田内閣当時、「政権交代」をめざすため民主党の小宮山洋子さんに選挙協力、東京8区(杉並区)に選挙区を移してたたかう。2009年8月総選挙では11万を超える支持を集めるも落選。2010年参議院選挙全国比例区で立候補したが次点。2011年4月の世田谷区長選では、立候補を求める市民の声を受け社民党を離れて無所属でたたかう決意を固め、当選した。
国会では、子どものための24時間電話「チャイルドライン」の実現や児童虐待防止法の制定に尽力し、「公共事業チェック議員の会」事務局長として「コンクリートから人へ」の先べんをつけるなどをした。また、546回を数える国会質問で「国会の質問王」(朝日新聞)と評された。
エッセー 私のこだわり(社会新報2002〜2003年)
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