せたがやYES!
次の世代に希望の灯を渡します!

保坂のぶと

きっかけは、3.11。
区民のいのちを守る世田谷へ

私が世田谷区長に就任したのは2011年4月、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の直後でした。かつてない大災害と広範囲を汚染した原発事故に直面して、「今こそ、私たちが変わらなければ生きていけない」と感じて、選挙の直前に立候補を準備しました。

それから4年、世田谷区の行政のトップとして陣頭指揮を取り、走り続けました。掲げた公約と照合すると、「達成できたもの」「おおむね実現できたもの」「まだまだ途上のもの」にわかれます。

厳しい財政事情の中にあっても、被災地を全力で応援しました。事故を起こした福島第一原発の周辺地域から避難された方々の住まいを確保し、被災地に世田谷区の職員を多く派遣しました。南三陸町と気仙沼市には長期派遣を続けています。東日本大震災復興支援金も総額で1億1千万円を超え、被災地の各自治体に年に2回にわけてお渡ししています。

一方で、区民の健康と安全を守るために災害対策総点検を行ないました。区の災害対策本部機能を強化して、72時間稼働の自家発電装置を設置、また井戸水給水システムも導入しました。区内に27ある出張所・まちづくりセンターで「防災塾」を開催し、住民の手でつくる「地区防災計画」の作成にも取り組んでいます。大規模災害時の延焼防止のために、スタンドパイプを配備して、防火水槽不足地区の解消対策を開始しています。
 

財政健全化への着実なあゆみ

88万区民のために、従来からの行政手法を大胆に見直してきました。学校の改築には多額の予算がかかりますが、プレハブの仮設校舎建設に平均3億円以上の金額が消えていることに着目し、仮設をつくらないで改築する手法に着手し、またリノベーションにも取り組みました。その結果、今後20億円以上の財源が生まれることになりました。また、区役所施設の電力契約を競争入札にして新電力(PPS)を導入したことで、4年間で約4億円の財源が生まれています。

区民サービスを切るだけが行政改革だというのは間違いです。私は、より大きな事業手法を見直すことで、無駄な支出を大幅に抑制してきました。その成果として、22年ぶりに区の貯金(基金残高)が借金(区債残高)を上まわり、財政健全化を進めました。

 

生み出した予算で、子育て、教育、福祉などの充実へ。

そして、このように生み出した財源を使って、子育て支援と教育に力を入れています。平成27年度予算で711億円と、10年前の約350億円から教育費・子育て予算を2倍にしました。保育園待機児童の解消のために、保育定員をこの4月に前年度に比べて1301人分、来年4月にはさらに約2千人分増やします。

そして、子育て支援と同じく最優先で取り組んでいるのが、27ヶ所の出張所・まちづくりセンターを活用し、あんしんすこやかセンター(地域包括支援センター)と社会福祉協議会と三位一体で「身近な福祉の相談の窓口」として受けとめる「地域包括ケアの世田谷モデル」づくりです。高齢者福祉にとどまらず、障がい者や子育て支援まで対象に拡げて、地域密着の相談窓口体制を築いていこうという構想です。

 

皆様の「参加と協働」があってこそ、世田谷は元気に。

ここでのキーワードは、「参加と協働」です。行政だけの力には限界がありますが、区民の参加、区民との協働が加われば大きな力を発揮します。この4年間、区民の意見に耳を傾けて、互いに語り合う場を多くつくりました。区内全域での車座集会や意見交換会、タウンミーティング、シンポジウムを重ねて、その開催回数は4年間で約250回を超えました。

こうして、20年ぶりに「世田谷区基本構想」を新たにつくり直し、10年間の指針となる「世田谷区基本計画」を決めました。私のこれからの基本政策については、こちら でご紹介します。

すでに、大きな行政組織改革が始まっています。人にやさしい改革を徹底的に進めさせてください。そのために、これからもしっかりと働く覚悟です。

保坂のぶと